2年前の8月10日、東京湾花火大会を屋形舟から観た。屋形舟に乗ったのは2回目だった。1回目は、下町にあるシステム会社で働き始めたときの新人歓迎会。 父の最初の入院後の夏。それまで家族の誰1人、大きな病気や怪我をすることなく(覚えている限りでは弟が小学生のときに盲腸で入院したくらい)、何となくそういうものとは無縁な気がしていて、だから、父の、腎臓や血液の病気が見つかったことによる動揺は大きかった気がする。食事制限や大量の薬によって、大きく自由が奪われた気がしていた。 だから、少しでも気が晴れることをしよう、ともに過ごす時間を大切にしようと思い、思いつきで提案したのが屋形舟で花火を観ること。 「しばらくさあ、家族で旅行とかも行ってないし、花火も観てないじゃない?私、調べて予約するから、行かない?」 母は行きたいと言い、父も何となく嬉しそうだった。忙しい仕事に就いた弟は無理かな、と思っていたのだけれど、俺も行く、と言う。職場でこっそり仕事の合間に調べ、エレベーターホールから予約の電話をした。 東西線に乗って、送迎バスの来るところまで行った。両親と、弟とで地下鉄に乗ることは何となく気恥ずかしかった。バスが来るまで半端に時間があったので、暑さしのぎに喫茶店に入った。西日の当たる中、船着場に着き、川縁の道を歩いて船に乗り込んだ。ほとんどが浴衣を着た恋人同士で、私たちのように家族で来ている客は稀だった。 舟は陽が高いうちに動き出した。海に出ると大きく揺れた。父と弟は機嫌よくビールを飲み、煙草を吸った。晴海のあたりで停泊する。ビルの谷間に東京タワーが見えた。飛行機がレインボーブリッジを越えていった。ガラスのはまった引き戸を開けて、木枠に座って水面を眺める。 赤提灯が消えて、花火を打ち上げる音が響いた。それぞれが思い思いに見上げる。うちわを扇ぎながら、父と舟の舳先に行き、屋根に手をついて手すりによじ登る。 「ここ、特等席やね。」 人の頭に邪魔されることなく、屋台舟の屋根越しに花火が見えた。舟頭さんが1人、屋根の真ん中に胡坐をかいて座っていた。母も弟も出てきた。 「こんなに真ん前で、大きく観たの初めて。」 私たちは、赤提灯が再び点くまで、そこでひたすら空を仰いだ。 戻るときは相当揺れて、少し気分が悪くなり、それぞれの舟がそれぞれの船着場に戻るための渋滞が川の上に出来て時間がかかったのもあり、私と弟は、子供のように横になって少し眠った。揺り起こされ、ぼんやりとしたまま舟をおりた。 思い出は、後追いでは作れない。 「あのとき、行っておいてよかったね。」 そう、母が言った。
by sora_051
| 2005-08-10 04:21
| いつかの景色
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